独立開業と事業承継の物語り
2018/03/07
ようこそ小さな会社のための経営コンサルタントカカトコリのブログへ
◆ 独立開業と事業承継の物語り
「女手ひとつで育ててくれた母親に楽をさせてやりたい」
団塊世代の茂樹の父親は進駐軍の青年将校らしい。
「らしい」と言うのは、実際のところ、茂樹は父親の顔を知らないからだ。
物心ついた時には、自分の家に父親は居なかった。
昼は内職の仕事、夜は近所のオヤジ相手の居酒屋をしながら自分と兄の孝志を育ててくれた母に楽をしてもらいたいと、中学を出るとすぐに、土建業の雑工として働き始めた。
おりしも朝鮮戦争での特需での工場の新築増設や、東京オリンピック、高速道路網や新幹線の整備、大阪万博など、土建業だけでなく日本全体が高度成長を続けていた。
もちろん、多少の不景気はあったが、極端に言えば、誰でもが浮かれていた時代でもあった。
雑工として働きながら、茂樹はいつも思っていた。
腹いっぱい美味いもんを食いたい。美女をはべらせて高級酒を痛飲してみたい。大きなアメ車を転がしてみたい。
豪邸に住んでみたい。
学歴の無い自分にできる事は何かを真剣に考えて行くうちに、いつかは独立開業だと思うようになったのも自然の成り行きかもしれない。
どうせなら早い方が良いだろうと、思い切って独立開業したのは29歳の時。
最初はどんなきつい仕事も嫌な顔をひとつしないで、どんどん受けた。
少々の赤字になっても、まずはあいさつ代わりにお構いなしだった。
当時は、赤字で受けても、次の仕事で儲けさせてくれたり、実働以上に利益が上がったりと、監督さんも下請けの面倒を見てくれていた良き時代でもあった。
おかげで、その地区を代表するような専門工事業として成功し、ピークでは社員も50人を超えるようになっていた。
中小企業経営というよりも、零細企業が多い専門工事業が多いことを考えると、50人と言うのはかなりの規模になる。
ところが、いつまでも良い時が続くわけじゃない。
自民党が選挙に敗れ、時代が「コンクリートから人へ」と変化し、談合や馴れ合いでの受注が減り、民間工場の海外移転もどんどん加速し、自分たちの出番が減ってしまった。
どちらかというと、公共工事と工業地帯の仕事が多かった茂樹の会社の経営は苦しくなる一方。
そして、それ以上に問題になる出来事が起こってしまった。
ということで、業種や経営規模に関係なくやってくる事業承継の問題について、次回より、事例に基づきより具体的にお話ししますのでお楽しみに。
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